私がADHDっぽいと気づくまでのこと(4)

こんにちは。夏夕(かゆう)です。

私がADHDっぽい事に気づくまでの事を書いています。

 

前回記事>>私がADHDっぽいと気づくまでのこと(3)

関連記事一覧>>ADHDっぽい私

 

自己テストの結果、ADHD傾向があると気づいたものの、実生活に影響がほぼ無かったので私自身は診断などを受けないまま過ごしていました。

ところがある日、思わぬ形で自覚することになったんです。

人の話が理解できない私

会議とか、打ち合わせ。複数の人が話をする場所が昔から苦手です。

 

もっと言えば、1対1で話をしていても、途中で意識が飛ぶというか、言葉が言葉として入ってこないことがよくあったんです。

それをハッキリ感じたのは、仕事をするようになってから。

仕事で、私を含めた担当社員4名と、業者さん4~5名の打ち合わせが定期的に行われていたんです。

私も毎回出席していましたが、10分位すると人の話が頭に入ってこなくなることに気が付きました。

 

  • 聞いていないわけじゃないんです。
  • 他のことを考えているわけでもないんです。

 

ちゃんと、向き合って内容を聞いている。でも入ってこない。

耳のところまで来た人の言葉が、つるんと滑って通り抜けていく感じ。

【イメージ図】

 

 

言葉は「音」としては聞いていますが、内容が頭にはいってこない。理解できないんです。

 

それは努力不足なのか、経験不足なのか。

「・・・・・ん?」

 

この感覚に気がついた時、確かに違和感はありました。

だけどそれは、「打ち合わせ」や「会議」といった、

普段とは違う環境に私が慣れていない、いわば経験不足だから。だと思ったんです。

確かにそれも原因の1つなのは間違いないわけで。

そこを補うために、内容の理解はさておいて(汗)とにかく

メモを取ること

を心がけました。

原稿用紙とペン

その頃は、私がメインの担当者・責任者ではありませんでしたし、複数人で1つの仕事にあたっていたので、Wチェックや分担ができました。

そのおかげで、ものすごく大きなトラブルや問題は起こることなく済んでいたので、私も

「経験不足や、タスク管理の努力不足だな」と捉えて、それ以上の事は考えなかったんですよね。

 

朝が 来なければいいのに。

しばらく忘れていたその症状に、決定的に気が付いたのはそこから数年してから。

会社を辞め、独立した夫を手伝い始めてからです。

会社員時代は、細かく分担したりチェックしてもらえた事を、全部自分でやらないといけなくなりました。

  • ある程度ゆったりめのスケジュール
  • 自分のペースで

しばらくはそれでできていたんですが、ある時、かなりハイペースで規模が大きめの仕事が舞い込みました。

 

  • (私にとって)速いペースで舞い込むチェックや電話。
  • 「明日中にできます?」という催促。

 

だんだんペースについていけなくなった私に、しばらく忘れていたあの症状が起きてしまいました。

そう。これです↓

「これ、言ったはずですよね?」

「このデータ、送ったはずですよね?」

連発し始めたミス。表には出さないけど、明らかに怒っている相手。

 

一生懸命、どうしようもないくらい頑張っているのに、やればやるだけミスが重なる現実。

私以外の人がやれば、普通にこなせる内容なはずなのに。

 

 

必死になって頑張るのに、やってもやっても。

 

むしろやればやるだけ悪い結果ばかり出る現実

 

って、経験したことあります?

 

朝が来るのが怖くなるんです。

 

・・・いえ、寝るのが怖くなるんです。

夕焼け空

  • 疲れているから眠りたい。だけど眠ると朝が来る。
  • 朝が来たら、また頑張らないといけない。
  • 頑張っても、それがミスに繋がり、迷惑をかけたり怒られたりする。

 

・・・・朝が、こなければいいのに。

 

誰にも言ってませんが、何度も思いました。

 

これはね、多分、問題なく当たり前にできる人には分からないと思います。

出来ない人にしかわからない辛さなんです。

だから、そこで何気なくかけられる言葉が、ものすごく突き刺さって、落ち込んだりするんです。

 

・・・多分、このままだったら、近い内に私が壊れるな・・・

 

そうだ、ADHD傾向だったんだ

この頃私は、

【朝】

  • 朝食の準備をして
  • 洗濯をして
  • お弁当を作って

【昼】

  • フルタイムで仕事をして

【夕方】

  • 仕事場で子どもの宿題を見て
  • 一旦連れて帰って
  • 子どもたちの夕食と寝る準備をして
  • 夜食を用意して

【夜】

  • もう一度仕事場に戻って、深夜まで仕事をする

という生活をしていました。

 

多分この時点で、私の頭のメモリはいっぱいいっぱいだったんです。

もちろん、世の中にはこれ以上のハードスケジュールをテキパキこなせる方は沢山いらっしゃいます。

でも、私は私でしかないわけで(汗)

もっている以上の能力を発揮しないといけなくなって、私はパンクしてしまいました。

 

そこで、はたと気が付いたんです。

あ、私、ADHD傾向があるって言われたんだった・・・

知ればきっと、乗り越えられる

 

あのね、私、改めて自覚したけど、ADHDなんだよ。

今も怠けているわけでもないし、精一杯やってる。

 

それでもどうしようもない部分があるんよ。

 

だから、今の仕事は本当に向いてないと思う。

 

こう切り出した私の話を夫は聞いてくれました。

その後、ADHDの症状について調べ、これまでの色んなトラブルについて納得してくれたようでした。

※2018年8月に病院を受診して、「ADHD傾向はあるものの、診断がつくほどではないし投薬の必要もありません」という結果がでました。ただ、診断がつかない程度だといっても、トラブルはやはりトラブルとして起こってしまっていたんです・・・。

以前、ADHDとアドバイザーさんに指摘された時も夫に話はしたんですが、

 

関連記事>>私がADHDっぽいと気づくまでのこと(3)

 

まさか こんなに直接的に仕事に影響するなんて、その時はお互いに思っていなかったんですよね(汗)

 

でも、国家資格とか、難しい試験とかは受かってるじゃない?

 

・・そう、

  • 自分でゴールを決めて
  • 自分で考えて
  • 自分のペースで物事を進められる場合

は、大抵の事ができるんです。仕事もそう。だけど、

  • 相手のペースに合わせて
  • 相手の意見を即座に取り入れて
  • すばやく対応する

事を求められた途端、できなくなるんです。

なんだろうな~、

持久走なら完走できるけど、二人三脚は途中でついていけなくなって、必ず転ぶ みたいな感じ?

(例えが変かも・・・)

 

じゃあ、今回みたいな仕事は絶対ダメだね(汗)
夏夕
・・・・うん、最も苦手で、失敗するパターンだった。。。
でも、僕がメインで打ち合わせとかして、中で手伝う分にはできるわけでしょ?
夏夕
うん。それなら大丈夫。ってかむしろそうさせてほしい。
じゃあ、そうしていけばいいんじゃない?
できんわけじゃないし、僕よりずっと得意で早い部分もあると思うし。得意な事をやっていけばいいんじゃないの?

 

 

・・・・我が夫のことなんで、褒めちぎるのもどうかと思いますが、

夫は人としてのレベルが、私の数100万倍上です。イヤ、ホント(笑)

 

幼い頃から「0か100か?白か黒か?」みたいな極端な考え方で生きてきた私にとって、

(内心はどうあったとしても)常にフラットで人に接する姿はホント、尊敬に値すると思ってます。

 

関連記事>>小学生の夏休みの宿題 自分でやってもらうための我が家の工夫

 

と、同時に。

特性を持つ人間にとって、

  • ”特性=障害” ではなく、”特性=個性” という見方だったり、
  • 苦手なことより、得意な事を活かせばいいじゃない という考え方で周囲がいてくれる。

というのは、何よりの支えであり救いでもあるなって、実感するんです。

 

得意と苦手を知れば、対処法が考えられる。乗り越えていける。

それは、自分自身もだし、周囲も知っていることがとても大事。

 

すごく思います。

 

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