共働きの料理が負担になってきたら。お金を出して頼ったって良いと思う。

共働きのお母さんにとって、毎日のご飯の支度ってかなりの負担だと思いませんか?

料理すること自体がイヤではなくても、

  • 外での仕事や人間関係をこなしつつ時間と体力をやりくりして
  • 子どものお世話もしながら
  • 家事もこなす

そんな毎日の中で料理の手間や時間が負担に感じることはやはりあると思うんです。

負担に感じたら、思い切って外注してみることをオススメします。

牡蠣屋定食

こんにちは。夏夕(かゆう)です。

 

先日、事務所で残業中に、近所にすむおばあちゃんが訪ねてきてくれました。

「おかず作ったけ~夕飯の一品にしてちょうだい」

 

暖かい、作りたての肉じゃがと、焼きたての塩サバ。
日も暮れて寒い中、冷めないように新聞紙に何重にもくるんでありましたが、その出来たての温かさは、包まれた外にもしっかりと伝わっていました。

「こないだ、夜遅くに帰る所をみかけてね。まあ~遅うまで仕事しよってんじゃね~と思って。」

仕事が重なって、ココのところ残業続き。
夕食の支度もままならない中で、おばあちゃんの心遣いと手から伝わる料理の温かさに涙がでました・・・。

お母さんが孤独になるのが一番キケン

実はこのおばあちゃん、親戚とか身内ではなく、全くの赤の他人です。近所にお住まいで、次男出産後からずっと、シルバー人材センターを介して家事手伝いをお願いしている方なんです。

 

長男出産の時、子育ても家事も自分でできると過信していた私ですが、実際生まれてみると、あまりの環境の変化に全くついていけませんでした。

  • 寝られない。
  • 食べられない。
  • 何かしてても泣き出す子供に中断させられる。
  • おまけに、どうして泣いているのかもわからない。

ヘトヘトになって、世界中で自分が一番ダメな母親に思えました。

 

しかも、そういう弱音を外に出してはいけない気がして、色んな事を1人で抱え込んでしまい、精神的、肉体的にパンクしかけたんですよね(-_-;)

割れたグラス

遠い話、別世界の話だと思っていた、「虐待」「うつ」という状況が、常に自分と紙一重のところにあるのだと実感したのもその時でした。

 

「他人事ではない」「誰しも孤独に追い詰められたらそうなってしまう」んだと。

 

なので、その反省を踏まえ、次男出産の際には
「お母さんが孤独になるのが一番キケン!頼れる手は全て頼ろう!!」と、

 

ありとあらゆる所を人に頼らせてもらいました。その1つが、シルバー人材センター。
紹介されたおばあちゃんは、元々友人がお願いしていたこともあって、人柄はお墨付き。歩いて5分の近所に住んでいるというご近所さんなのも決め手でした。

 

出産後から半年間。1回2時間、週に2回。主に夕食の準備をお願いしました。
体調が悪い時には子守をお願いして、その間眠ったり、ただ話を聞いてもらったり。

 

育児休暇で、手当以外の収入がない時です。出費と言えば出費ですが、精神的にとても大きな助けになりました。

 

地域のことにも詳しい方で、それまで知らなかった町内の事情を教えてもらったり、地域のお店や病院などの情報を色々と教えてもらったり、ホント「頼りになる親戚のおばちゃん」といった感じ。

 

うちの次男を本当の孫のように可愛がって、成長を見守ってくださってたのもあったので、体調が戻ってからも、月に一度のペースでお願いすることにしたんです。

 

あまり人には話していません。
やっぱり、「夕食の支度をお金を払って人に頼む」って、とても贅沢に映るから。
けれど、ぶっちゃけて言えば、シルバー人材センターを介して依頼する場合、そんなに大きな金額でないのです。

「家族4人でマクドナルドに行けば一回で消える額」と、いえば、想像がつくでしょうか?

 

この費用を高いとみるか、安いと見るかはそれぞれの価値観によると思いますが、私は金額に変えられない沢山の価値があると思っています。

 

人に作ってもらったご飯は美味しい の理由

毎日食事を作るお母さんなら、一度は感じたことがあるはずです。
「人に作ってもらったご飯は美味しい」

 

それは、味だけではありません。

・「今日のご飯、なんにしよ~?」と、献立を考える時間
・実際に調理する時間と体力
・他の家事や育児との段取りを考えながら同時進行する労力。

 

そういったものから「解放される時間」という、目に見えない要素が、ご飯をぐーんと美味しくするんじゃないかと。
これって金額だけでは見えてこない、経験していない人にはわからない「価値」です。

 

もちろん、料理が趣味で大好きで、作っているとストレス発散になるって場合は別ですが、私はそこまでじゃないので(^_^;)

 

調理してもらってる時間、子供の話を聞いてあげたり、普段できない掃除ができる。まるまる自分のためではなくても、

「ルーティンワーク以外にやりたいことに当てる時間を手に入れる」

って、お母さんにとっては、どんな宝石よりも輝いているのではないでしょうか。

 

仮に、節約のためと、すべてを自分でこなそうと頑張ったところで、疲れて「今日はもうお惣菜買っちゃおう!」となれば、食べ盛りの男の子2人を含む家族4人。一度の買い物で簡単に依頼料はふっとぶでしょう。

 

じゃあ、月に一度、心のゆとりを買うと思えば、それは安い買い物ではないかと思うのです。

 

ちゃんとお金を払ってこそ、保てる人とのつながり

 

このおばあちゃん、実はシルバー人材センターを辞めました。作業量も安いですし、登録作業や研修のためにあちこち出かけなくてはならなくなって、それが負担になってきたんだそうです。

 

「センターは辞めるけど、来てあげるよ。気にせんでいいけえ、困ったときはいつでも電話しんさい。」

 

そう言ってもらったので、今は直接きてもらってます。

 

「お金なんかいらんけ~、困ったときはいつでも連絡しんさいよ。」

 

きっとその言葉は嘘ではないし、本心だと思います。でも例えそうだとしても、それはやってはいけないことだと、線引をしています。

 

助けてもらうには。価値を提供してもらうには。
やはりきちんと対価を支払うべきです。

 

どんなことでも、「人の時間と体力を提供してもらう」ということは、「命を提供してもらうこと」だから。

 

こうして、個人的に仕事として依頼して、仕事として作業してもらう繋がりを保っています。この最低限守るべきラインがあるからこそ、時に、おすそわけしたり、おすそ分けされたり、良い関係が保てているのだと感じます。

「夕食の支度をお金を払って人に頼むのは贅沢ですか?」

最初の質問に戻りましょう。

 

「夕食の支度をお金を払って人に頼むのは贅沢ですか?」

 

きっと「贅沢」です。

 

でも、それは私の人生にとって、

「心にゆとりと優しさを生み」
「家族を愛おしむ時間を生み」
「困ったときに支え合える人間関係を生んでくれる」

付加価値がとても高い、そして、必要な贅沢だと位置づけています。
おばあちゃんが元気でいてくれる限り、ずっとお願いしようと心に決めています。

 

世のお母さんは、なかなか精神的に高いハードルかもしれません。けれど、一度、お金では買えないものを感じるという経験をしてみてほしいなと思います。

 

疲れながらも必死で節約した数千円と、
その数千円と引き換えに得た笑顔。

 

どちらが良いとか悪いとかじゃなく、どちらにも高い価値があるということを、一度感じてみてほしいのです。

 

特に、家庭の中で、母親が笑顔であるということは全てにおいてとても重要です。特に、成長途中の子供にとっては。

 

ハードル高く感じているお母さんに、ちょっとでも参考になれば幸いです(*^^*)

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